垂直と水平の旅人
     ― 全世界191カ国、29年の旅路を振り返って ―
     
                       昭47院卒 南里章二

 甲南山岳会の皆様方におかれましては益々御健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて私、今夏でもって全世界191カ国(独立国)すべての旅を完成することが出来ましたことを改めてご報告させていただきます。1973年夏、まだ1ドルが360円の時代最後の年に初めてヨーロッパ諸国を訪れて以来、2001年の今夏、191カ国目にあたる西アフリカの島国カーボ・ベルデにたどり着くまで、足掛け29年の長い旅路でした。
 日本外務省によれば2001年現在、全世界独立国は190カ国、アメリカ外務省情報局は191カ国と数えています。現時点での国連加盟国は189カ国、国連非加盟国はスイスとバチカン市国です。おそらく日本外務省は189カ国にスイス1国のみを加えて190カ国としているのでしょう。私としましてはバチカン市国も数回訪れているので、アメリカ外務省の見解に準拠して191カ国としたいところです。
 海外への旅を始めた頃は行く先々の国々の生活、文化、歴史が面白くてたまらず、気が付けば29年のうち前半の15年で、ほぼ全世界にわたって訪れた国の数は、あっと言う間に100カ国を超えていました。が、この時点ではまだ全世界すべての国を旅するなどとは大それたことだと思い、それが実現できるなどとは考えてもみませんでした。(写真はサハラ砂漠、北の地平線いっぱいにひろがる砂嵐)
 しかしこの頃から幼い頃に植え付けられたリピドーがむくむくと頭をもたげてくるのを感じ始めました。というのは親父が貿易商を営んでいたので、ガーナやコスタリカといった当時としては珍しい国々の切手をよく持ち帰ってくれ、母親がそれを国別に整理してくれたことに始まります。私はその切手帳と地図を絵本がわりにして幼年時代を過ごしたので、小中学校で外国の国名や首都名を覚えるのに何の苦もありませんでした。時代が進むにつれて独立国の数も次第に増えていくことになりますが、脳裏にインプットされていた全世界の国名リストからはすでに訪れたところを数えるよりも、まだ訪れていない国々の名ばかりが何か脅迫観念のように繰返し登場するようになっていました。行き残した国ほどアプローチはどんどん難しくなっていくものですが、29年の後半の14年間はそのリピドーに導かれるかのように、次々とそれらの国々に足を延ばして、今年の夏についに満願成就したわけです。
 「南里先生の旅はいわゆる旅行ではなくて冒険ですね」とは先日ゲスト出演させていただいた毎日放送(ラジオ)番組のホスト月亭八方さんに開口一番言われたことでしたが、私自身あまり冒険などという仰々しい表現を好まないし、それをあまり意識したこともなかったのですが結果的にそうなってしまったようです。この「冒険」という側面において、もう一つ諸外国を旅する原動力になったものがありました。甲南中学高校時代から始めた山岳部活動から学んだ経験と知恵です。   
 私が行ってきましたヒマラヤ登山やキリマンジャロ、ルウエンゾリなどの赤道直下の山々の登山にそれが生かされてきたことはいうまでもありませんが、特に都会を離れて広大な自然と接する機会の多いアフリカ諸国、インド北部、中国西部、南米アマゾン地域などを廻るときには、アウトドアライフを何ら肩を張ることなく、いかに自然に行えるかという能力が要求されます。例えばサハラ砂漠をキャラバン・コンボイのトラックで縦横断するときには持参の水や食糧の管理を完璧に行わねばなりません。また砂漠のど真ん中のオアシスで次はいつやってくるかわからないトラックを待つときなどには、吹雪の中のテントで数日過ごす要領で、慌てても仕方ない、気長に待とうといった柔軟な精神的コントロールが必要とされます。また山を登るときには考えられる限りの危険を想定してそれを回避するためにあらゆる手を打っていかねばならないし、危険に直面したときには全神経を集中して対応しなければならないことも当然ですが、危険がつきものである海外の旅でも方法論的には全く同じです。そして危険や困難を何とかクリアーして旅を無事に終えた時には、登山を終えて無事下山したときの喜び、感動、達成感などと全く同じものを感じます。写真はマリ共和国北部、トンブクトゥ-タウデニ間を往復するアザライ(ラクダの隊商)
 こうして今までの全世界191カ国の旅を振り返ってみると、登山で鍛えられた経験と知恵と体力があってこそ、はじめて出来たことだという想いがより一層深まってきます。今更ながら山の世界で私を導いて下さった甲南山岳会の諸先輩方、さまざまなかたちで助けていただいた同輩、後輩の皆様方に心より感謝させていただきたく思います。
 それともう一つ、これから全世界を舞台にはばたきたいと考えている若い人達にはまず、登山活動をお薦めしたいことはもちろんですが、海外となると金と時間の問題が大きく迫ってきます。しかし「誰に何と言われようが、絶対に行って帰ってきてやる」という強い意志さえあれば「金と時間」はあとから自然についてくるものだということを付け加えておきたいと思います。

全世界紀行
    
      戻る